ハニベ巌窟院
石川には興味深い仏像がいくつかあるのだが、そんな石川の仏閣シーンでひときわ異彩を放つのがここハニベ巌窟院である。
加賀観音のお隣の町小松市にそれはある。
小松というと、 建設機械のビックファクトリー「KOMATSU」である。
最寄りはJRの小松駅。ここから7キロ弱あるので徒歩ではやや無理がある。バスもあるが、なにぶん本数が少ないので苦労すると思う。もちろんレンタサイクルもない。やはりレンタカーが無難である。
ということで今回もレンタカー。
しばらく進むと突如、興奮必須の光景が目の前に出現した。
えっこんなとこにと驚くなかれ。
ごく自然に田舎景色に溶け込んでいるのだが、実に奇妙である。
院に到着すると巌窟院のアイキャッチとなる半身の大仏が出迎えてくれる。
半身というよりはほぼ仏頭のみという方が適切であろう。
大仏が出てきそうな予感もない田舎で突如この顔が現れるのだからそのインパクトはすごい。高さは15メートルとたいしたことはないのだが、その容姿は惚れ惚れするものがある。
右手には売店があり、入場口に近づくとのそのそと入場料を徴収しにスタッフがやってくる。
お世辞にも愛想がいいとは言えない。
愛想というのはとても大事だ。スタッフの愛想がいいと、輪をかけてその場所への思い出がいいものになるし人に勧めたくもなる。
がその反面、高揚したいい気分をスタッフの愛想ひとつでぶち壊しかねないもろ刃のつるぎとなる。人間的に向き不向きもあるので、表に立つ人選は重要と言っていいだろう。
と、そんなことはまあいいのだ。
話を元に戻そう。
院の名称とあるハニベとは、埴輪を作る人のことで、この院を作り上げた都賀田勇馬という人はその世界では有名だったそうである。
入場するや否や、癖になりそうなテンポを刻む館内のアナウンスで都賀田勇馬氏のことにも触れられるのだが、その時は都賀田勇馬”王”と言われている。そう、ここはひとつの王国なのだという強烈なメッセージと受け取った。
内部には大量のこけしのような像が並べられている。
何体あるか数えてみようと思ったがヤメた。絶対無理。
メインの仏頭大仏の隣にも気になる大仏が。
アメリカンフットボール選手ばりの肩幅。
胸板も肉々しい。
大仏を出ると山道を登り巌窟院へと誘導される。
導きの石碑に刻まれた巌窟院の文字が、山に口2つで初めて見た。
登りきると最初に辿り着くのが阿弥陀洞である。
ここは石切場の跡地だそうで、なかなか重々しい空気が円満している。
設置してあるのは弘法大師や阿弥陀如来など。
阿弥陀洞を出ると、軽い博物館のような建物を通って巌窟院へと導かれる。
で、長らくお待たせ、いよいよここからが巌窟院突入となる。
この薄気味悪い入口が異世界へと誘ってくれる。
洞内はいくつかのテーマに分かれて様々な像が置かれている。
まず最初に出迎えてくれるのはお釈迦さまの物語。
ひとりだと若干薄気味悪さはあるがまだまとも。
インド彫刻コーナーではインドの神々が紹介される。
最初に紹介した通り都賀田勇馬氏のベースは埴輪師であるが守備範囲は実に広い。
さしづめ埴輪界のイチローというところ。
シーマン?
牛頭(ゴズ)が目印、地獄門からはいよいよグロテスクゾーンに突入。
この辺から潮目が変わってくる。もはやお化け屋敷。
鬼の食卓に始まり、人を斬り刻むコックや人をたぶらかした罪など、カロリー高めの重々しい作品が次から次へと現れる。
唐揚げ、春巻き、コロッケ、とんかつと食卓に揚げ物レパートリーが並んでくると、もう胃は受け付けなくなる。この歪んだ空間から一刻も早く出たいとしか思えなくなってくるのだ。
都賀田勇馬というおじさんはこれらの作品をどんな顔して作っていたんだろうか。
地獄門を抜けると、閻魔さんや釈迦如来などの像が並ぶがお腹一杯でほぼ素通りという始末。
巌窟院を抜けると山の頂上へ誘導されるのだが、たいしたことはないので行かなくてもいい気はする。
ちなみに後日行った金沢市内にある金沢神社の境内で都賀田勇馬氏の作品を見た。
こんな神社に置かれるくらいだからよっぽどすごい人だったんだろうと思う。