【福岡】日本で7番目にデカい久留米大仏 38仏目

足元をおそろかにするとはよく言ったものだ。

近くにあるものほど、その価値に気づかない。

地元の観光スポットなど、県外からそれ目当てに訪れる人も多いが地元人が「あっそこ行ったことないっちゃんね」というのはよくある話だ。

何が言いたいかというと、福岡にも有名な巨大仏はあるのだが、近くていつでも行けるが故になかなか紹介する気になれなかったが、そろそろそこに手をつけようと思う。

我が地元福岡で一番でっかい大仏は久留米にある。
九州自動車道からもうっすら見えるのだが、二十歳くらいの時に最初に目にした時の「得体の知れない異物を見た!」という感動は忘れない。

肝心の大仏は成田山久留米分院にある。この救世慈母大観音さまは62メートルで九州最大。
日本ランキング(勝手に作った)では堂々の7位に入るという強者ぶりだ。

白毫には直系30cmの純金の板に3カラットのダイヤモンドが18個ついているというから驚きである。
姿・形的には仙台大観音を2/3くらいに圧縮した感じた。

トライアルとのコラボ。

トライアルとは、福岡は東区に本拠を構えるディスカウントスーパーである。
福岡県民は誰でも知っているのだが、全国的な地名度はどうだろうか。
筆者のトライアルでのオススメは業務用ウィンナーでカリッと具合が絶妙。バーベキューなどで大活躍の一品だ。

とそんなことはまあいいのだ。
話を元に戻そう。

隣にある三角形の茶色の物体(38m)は「インド村・平和大仏塔極楽殿」と名付けられ
ルーツはインドにあるようだ。

内部も地下迷宮のようで面白いので訪れた際は足を運んでみてほしい。

インドのブッダガヤ、いつか行ってみたいところだ。

抱える赤ん坊の大きさは13メートル。

補足だが、久留米で一番好きなラーメン屋は「沖食堂」である。
ここを紹介してもらって以来、久留米に行くときはかかさず立ち寄る。
昔ながらの出で立ちで店の雰囲気・味ともに久留米ナンバーワンだと思っている。

南無南無。

 

【大仏等級】

高さ62メートル
1958年開眼

福岡県久留米市上津町1386−22

 

【三重県】ルーブル美術館と純金大仏 37仏目 

純金大観音

今回訪れたのは三重県津市にある全身金ピカの大仏さま
近鉄大阪線「榊原温泉口」下車で徒歩5分ほどで「大観音寺」にたどり着く。
トンネルの向こうは、不思議の街でした。

手前にはルーブル美術館がある。
さしもの、秘宝館と同じような類のものだろうと思っていたら、なんと本家本元のルーブル美術館の世界唯一の姉妹館だそうである。

不覚ながら値段の高さに怯んでしまい入場は回避せざるを得なかった。

大観音寺へ向かう途中、自由の女神とスフィンクスとカエルの揃い踏み。
なんとも奇天烈な光景。

ほどなく、ルーブル美術館から数十メートル先に大観音寺の関所がある。

参拝料を支払うと護摩木を渡され願いと名前を書く。
関所のおばちゃんは親切だった。

一連の儀式を済ませるとようやくワンダーランドで突入。
本命はまっすぐ一本道の先にある。
正式名称は「寶珠大観世音菩薩」とある。

順路通りいくとその道すがらには興味深い像がいくつもあるが、それは後ほど。

さて、この純金像、高さは33メートルなので「うわっでかっ!」という圧迫感はない。
すんと風景の一部としてごく自然に溶け込んでいる。

建立は昭和56年と今から37年前。
近づいてみると、所々痛みがあり長年頑張ってきた感がある。金箔不足でそろそろ金箔追加されるかもしれない。いや、いけいけドンドンの時代も終わったし、豊臣秀吉みたく金を追求せず他の路線にマイルドチェンジして、真っピンクとかいいんじゃないか。
女性ウケしそうだし。

と、そんなことはまあいいのだ。

背面はこんな具合。
難攻不落のそり立つ壁のようではないか。
アイガーの北壁を彷彿とさせる。

もちろん行ったことなどないが。

大観音をずらり囲む108体の観音さまたち。
蜘蛛の巣によって隣接する観音さまと繋がっている。

ということで、他にも趣向を凝らした大仏などがあるので紹介しよう。

▶︎仏手

デザインは派手め。
観光客らしきおばさん集団がペチペチと叩いたり拝んだりしていた。

▶︎世界最大の釜「萬倍釜」

少し前、ニュースで山形の芋煮フェスティバルで使う直径6メートルの大釜の制作費は3000万円とあった。これは一体いくらかかっているんだろうか。
これを作ろうと思った制作者の情熱に敬意を評したい。

▶︎カラオケ観音

界広しと言えどもマイクを握るカラオケ観音が見れるのはここだけだろう。
シンガー観音とかじゃなくあくまでカラオケってところが市民目線でいい。

▶︎ガン封じ 神獣白澤

中国の伝説に伝わる神獣。ガンを予防することができる。
お祈りも大事だが、食習慣も大切にしたいところだ。

▶︎にっこりお福

柔和な顔立ちで、誰でも身の回りに似ている人が一人や二人いるんじゃなかろうか。
お福さんの作る減塩の優しい味のみそ汁とふっくらおにぎりは絶品に違いない。

まだまだ他にも見所はあるが、書いていくのがめんどくさいのでこのくらいにしておく。
詳細は以下のWEBサイトで確認されるといい。
あっ電車でお立ち寄りの際は、最寄りやコンビニや食事何処はないのでご注意されたし。
南無南無

大観音寺サイト >

大仏等級

高さ33メートル

青銅製(金箔付き)
1982年開眼

〒515-2621
三重県津市白山町佐田1957

 

 

【愛知県】浅野祥雲の弘法大師像 36仏目

厄除弘法大師

愛知県尾張旭市に鎮座する弘法大師像

全国各地に弘法大使さまはいらっしゃるがここの像は一味違う。

それはなぜか。

作者が日本が誇る天才コンクリート造形師浅野祥雲だからである。
愛知県はとにかく浅野祥雲作のものが多いが、一番最初に衝撃を受けたのは桃太郎神社だった。

日本が誇る奇天烈神社を彩る桃太郎キャラクターのその哀愁ある姿に心奪われてしまった。
以降、浅野祥雲のコンクリ像は己にとって特別なものとなった。
浅野祥雲についてはこちらを見ていただきたい。大仏関連で一番好きなサイトである。

http://chindera.com/asano-asano.html

さて、その浅野祥雲作弘法大使コンクリ像は、尾張旭駅から徒歩10分ほど行った先にある愛宕山という小高い丘の上のやや開けた場所に立っている。

こちらのお寺を目印に、右手に突き進む。

見たことはないが、奥の細道にでできそうな雰囲気の森の道を突き進む。

大仏さんの元にたどり着くまでのこの煽りの部分がいい。最近はさらっと会えるとちょっと拍子抜けする。

道を抜けると吹き抜けた場所にでるとご対面。
白塗りの顔とレトロな色合いのオレンジに背面の木々の緑がうまく調和している。

ハーモニーってこういうことか!
と、初めて実感したような気がした。

さて、この場所は昭和6年に建立されたそう。
大師像の正面には拝殿があってお堂の中から大師サマを拝する事ができる。

良かった、今日が青空で。

地元の人たちによって大切に守られてきたと勝手ながらに解釈した。
ちなみに由来はこんな感じ

大師像から右側に目を移すと、不動明王とその眷属。

眷属でありながら、各々が主役を晴れる主張の強さは流石は浅野氏。

しかしながら思う。

「こいつらは一体誰なんだ」と。

このドヤ顔ときたらもう。
憎たらしくも愛着湧く顔がマニアにはたまらない。

大仏等級

コンクリート製
昭和6年開眼

愛知県尾張旭市新居町寺田2956

 

【宮城】日本No.2 仙台大観音 35仏目

仙台大観音

100メートルを超える横綱級の大仏は日本で3体あるが、そのNO.2にあたるのが仙台大観音である。

仙台の中心からも程近く、街中にあるその異様な様を期待して訪れたのだが、結論から言うと少々がっかりしてしまった。

こんなにも大きく存在感ある大仏のはずなのになぜか。

いくつかその残念なポイントを上げていこうと思う。

まず何と言っても街の形状である。これが最も残念な理由である。

とにかく街に起伏が多いのだ。

仙台の駅から大仏まではバスに乗車し40分程。乗り方はバスの案内所で教えてくれるから心配なし。

100メートルもあればすぐにその姿を遠方から眺めることができるなとカメラを待ち構えていたのだが、待てど暮らせど一向にその姿は見えてこない。

それもそのはず。

ようやく見えたのがこのアングル。坂を登りきった上に大仏は位置している。

そのため遠方から大仏の姿を見ることができないのだ。

これほど残念なことはない。

50メートルを超える巨大仏の魅力は遠方から見てその街に異様な様でありながら溶け込んでいる情景がいいのだから。

まああくまで偏った筆者の考えであるのだが。

そして、写真撮影の時に気になるのが”高圧電線”である。

いいアングルでモザイクが入ってしまって台無しになってなってしまうのだ。

離れ過ぎれば見えなくなるし、近いところから撮影を試みれば電線が入る。

打っても打っても響かないこの感じときたらもう。

ソフトで消すこともできなくはないが、日常の姿を写したいのであまりそういうのはしたくはない。

あと追い討ちをかけるように天気も悪かった。
こりゃ、どげんもこげんもならんばい。

膿を出し切ったところで話を戻そう。

とはいえ、日本2番目の大きさは間近で見ると並々ならぬ迫力がある。

全長は仙台市制100周年を記念してその高さを100メートル。21世紀の繁栄を願って地下は21メートルある。

手にも持っている水瓶は直径2mで長さ8mもある。なんと67tもの水が入るそうである。
2ℓのペットボトル33,500本にも相当するのだ。
100円換算で335万円もするから途方も無い。

と、そんなことはまあいいのだ。

500円で胎内をぐるりできる。ちょっと宇宙船のよう。
地下深くまで続いており、地下は21世紀の繁栄を願って21Mだそう。

が、頂上からの眺めはちょっと期待はずれ。

アクセスは仙台駅から直通のバスか、電車なら「北山駅」からタクシーで10分かからないと思う。
ちなみに徒歩だと40分ほどかかった。坂多いのでその際は要覚悟。

大仏等級

大仏の高さ100メートル
昭和62年 開眼

宮城県仙台市泉区実沢字中山南31番地36

【愛知】名古屋の緑大仏 34仏目

名古屋大仏

ああっ実は俺って大仏が好きなんだと知ってから、一番最初に見にいった大仏はこの名古屋大仏である(記憶の限りでは)

全身緑の圧倒的存在感に心奪われたのは懐かしい。

あれから色々な大仏を見てきて、見る目も肥えてきた。

果たしてファーストインプレッションのようなトキメキをまた与えてくれるのだろうか。

元カノに再開するような、どこか複雑な心境で向かった。

名古屋駅から東山線に乗り、本山駅から徒歩5分ほどの場所にある「桃厳寺」がお目当の場所だ。創建は1555年と歴史は深い。

お寺の中には日本一の木魚などがあるのだが今回はそこはスルー

壁に掘られた古代文字のような模様を見ながら大仏へ向かって一目散に進む。

ほどなくすると、木陰からぬっと大仏が現れる。

おおおっ

やはり先輩は偉大である

全身の緑と青空とのコントラストは絶妙

でもなぜまたこんな緑の姿になったのであろうか。

きっと何か特別な理由があるに違いない。

下アングルから舐めるように見てみる

肉付きの良いふっくらとしたこの手がこの大仏の育ちの良さというか

柔らかさを演出しているのだが、顔をみるといややっぱ違うな思わせるのが

この大仏の魅力なのかもしれない。

丸みを帯びた背中は銭湯の湯上りのおじさんのようでどこか懐かしい

台座の造形も素晴らしい。360度ぐるりと大仏の周囲を囲んでいる。
僧侶と象、鹿、孔雀とインド色が漂う。

この日は寒かった。

ちょうど背後に「ん~これは凍っとるわ」とブツブツ言いながらロウソクが浸った水を掃除しているおじさんがいた。

格好を見たところ、お寺の住職のようだ

これはチャンスと大仏がなぜ緑色なのかその理由を問うてみた。

「緑色の理由は特にないねー、ただ目立つからこの色にした」

緑色の理由は「目立つから」だそうである。

なんでも緑、濃い緑、銅褐色の3つが候補に上がり、目立つこの緑が選択されたという

住職はそういうと、掃除を終えて去っていった。

まあいい。緑であることには変わりないのだ。

実物大と思われるでかい手
のび太の鉄人兵団のザンダクロスみたいな手だ。

腰掛けてみたいという欲求にかられたが、ちらほら人もいたので
今回はやめといた。また来た時にとっておこう。

大仏等級

大仏の高さ10メートル(蓮台と台座を含めると高さ15m)
昭和62年 開眼
ブロンズ製

〒464-0819
名古屋市千種区四谷通2丁目16

【兵庫】我こそは3大仏の1角 兵庫大仏なり 33仏目

全国には「我こそは三大仏」と声を高らかに掲げる大仏がいくつかあるのだが何を持って三大仏であるかは実のところ定まっていない。

つまるところ言ったもん勝ちなわけだが、三大仏っぽいよねと言われる仏像のひとつが本像である。

その他の三大仏の記事

岐阜大仏 > 高岡大仏 > 

説明書きには他の三大仏は「奈良の大仏」「鎌倉大仏」そして残りの一つが「兵庫大仏」であると豪語してある。

他の2つは超メジャー級の大仏であるが故に、2トップを支えるボランチ的に見えてしまうのは仕方がないが、仏像本体は実に見応えがあるのは紛れもない事実だ。

本像は廬舎那仏で奈良の大仏と同じ種類、像高は11mで鎌倉の大仏さんと同等の大きさ、ちょうど鎌倉と奈良の大仏をがっちゃんこさせたハイブリットなのだ。

外観はタカラジェンヌの男役くらいさらっとしてくどくどしさがない。
衣の劣化は少々目立つが、それにもまして表情の滑らかさ、切れ味鋭い眼、肌の艶、上唇の芳醇さは石原さとみにも引けをとらない。
「清潔感ある大仏」というのが個人的な印象で、さすが宝塚がある兵庫県というところ。

平成3年に再建されているそうでそれから27年の月日が流れているのだがそれを微塵にも感じさせない老舗の洋食屋のような雰囲気すらある。
ちなみに本像は西村公朝師の監修である。

見所はこれだけではなく、周囲にもいくつか気になるものがあったが大仏のクオリティと比べると天と地ほどの差がある。

が、これはこれで嫌いではない。

スポンサーはマツダ神戸?

大仏等級

大仏の高さ11メートル(蓮台と台座を含めると高さ18m)
重さ 60トン
ブロンズ製

能福寺

兵庫県神戸市兵庫区北逆瀬川町139

【宮城】ナムナム号で行く愛子大仏 32仏目

仙台駅から山形線に揺られ約30分、愛子駅にその大仏はある。

グーグルマップで場所を見る限り、田舎道をひたすら歩いていく必要がありそうなので、駅からタクシーに乗り込む。

「北側の大仏へお願いします」
「大仏?お参りかい?」
「いえ、大仏が見たくて」
「ヘあ~わざわざ大仏に。長いことタクシー乗ってるけどそんなお客さん初めてだわ」
「わざわざ九州から来ました」

そんなたわいもない会話をタクシーのおじさんと楽しむことおよそ7~8分
坂道を登った先にデーン!とそびえるのが今回の目的の愛子大仏
大仏は神々しくこちらの方を向き鎮座している。

ちなみにタクシー運賃は990円也。

大きさは15メートルなのだが、小高い丘の上にあるため斜め下から舐めるように見ることができアングル的には最高。

それだけでない。
何と言ってもここのアイキャッチになるのはこの「スロープカーナムナム号」である。

 

「スロープカーで寺参り墓参り」をキャッチコピーに1本道をのろのろと往来する。
歩く方が早いってくらいのスピードだが、童心に返ったように胸が高鳴る。
発車ボタンはセルフ式で自分で押すわけだが、発車した瞬間は「おぉぉー!」といい年こいて唸ってしまった。
片道の料金が10円とあったが、このシステムは法律上アウトだとかなんとかで今は無料だそう。
どうりで賽銭箱にテープが貼ってあったわけだ。そんなことはつゆ知らず、テープの隙間から投入していた。説明板にはテープか何か貼ってあったんだろうけど剥がれてたしな。

徐々に近づいてくる大仏をスロープカーから望めるという実に贅沢な時間を堪能することが可能だ。結局5回も乗っしまった。

横アングル。残念ながら台座の内部は閉まっており入ることができなかった。

頭の先端から突き出るアンテナ結構長いな。

肝心の大仏は、廬舎那仏で奈良の大仏さんとサイズ感もほぼ同じだそう。
出来上がったのが2002年とあってどことなく近代的。
マジンガーZの類の超合金大仏って感じだ。

背中アングル、衣服がかしわ餅を連想させてくれる。

面前には広大な景色。

ちょうど桜が見頃な時期であちこちに咲いている。
桜はいい、心を和ませてくれる。

帰りはタクシーもいないし歩いて駅に向かったが16分で到着した(歩くのは早い方である)

案外近いのでグーグルマップ見ながら歩いて向かうのも悪くないのではなかろうか。

大仏等級

大仏の高さ15メートル
重さ 15トン
FRP製(プラスチック製)

愛子大仏佛國寺

 仙台市青葉区芋沢字大竹原49-1

【岐阜県】哀愁漂う岐阜大仏 31仏目

岐阜駅からバスで15分ほどの岐阜城の麓にあるこの大仏。

正法寺というお寺に格納されている。

外観はひっそりしていて決して主張は強くないが中国の秘境感漂うこのコントラストは好きである。

この岐阜大仏も「日本3大仏」のひとつであると豪語している。

これまで見てきた大仏の中で3大仏の座を争うのは
「奈良」「鎌倉」「高岡」「兵庫」ときて「岐阜」である。

ただ、奈良と鎌倉は時代の名称にもなってるし知名度的にも◎で認定でいいと思っている。

さて残り1席を高岡、兵庫と争うわけだが。

正法寺は小さなお寺で大仏さまの他、周囲にはぐるり「五百羅漢」がずらっと居並ぶ。
災害で羅漢堂が壊れてしまい、現在は残った108体ほどが大仏殿の中に移されたとのことである。

ちなみに参拝料は200円。1年間毎日通うと73,000円なので年パスとか欲しい。

肝心の大仏さまは、入ってすぐにお目にかかることができる。

これが実に味わい深い姿をしている。

威圧感なく吸い込まれるような目の横幅は66センチ、週刊少年ジャンプを23冊ほど横に並べることができる。耳は2.1メートルもある。

乾漆仏で別名かご大仏とも呼ばれている。

これは、竹でかごのように編んであることが「かご大仏」と言われる所以である。

乾漆仏とは骨格を木材で組んだ上に竹材粘土で表面を形作り、上に経文を糊張り、漆と金箔で表面を処理する技法で非常に珍しい。

ラピュタのロボット兵のような、すべてを包み込んでくれそうな大きな手と柔和な表情は一度見たら忘れられない印象を与えてくれる。

個人的には岐阜大仏を推し仏として3大仏に認定したい。
「奈良」「岐阜」「鎌倉」でいいんじゃないかな。

岐阜県岐阜市大仏町8

【富山県】地元愛が溢れる高岡大仏 30仏目

富山にある日本三大仏と言われる大仏。

駅に着くと至るところにこの大仏のポスターが貼ってあるし、付近には大仏カフェなるものも。
とにかく地元に愛されている大仏だ。
同じ三大仏のひとつ兵庫大仏は地元に愛されている感はゼロだったのだがここの熱はすごい。
アクセスはJR高岡駅か徒歩10分圏内。観光地図にも見やすく掲載されている。

で、早速行ってみた。
商店街を抜けると割とあっさりたどり着く。


が、到着して驚愕した!
10月1日〜31日まで補修工事中。
なんでも10年に1度くらい改修するそうで見事にその期間に遭遇してしまった。
遭遇率を計算すると0.8%と激レア。
が、全体的には締まらない。
工事のヒラヒラが赤ちゃんのヨダレ掛けに見えて仕方ない。
後ろの光背部分もがっつりと補強中。あれ重いだろうしな。

内部も無料で参拝できる。
ワンダバダ〜ワンダバタ〜ワンダバタ〜

すごい便利そうな電話。
ありそうだが、初めて見た気がする。

一通り見てると、昔格闘技に精通していたであろう風格を持つおじさんが話しかけてきた。
どう見てもお寺の人ではなさそうだ。
さしもの、近所のおじさんで参拝者に説明して回るのが生き甲斐といったところか。

見るもの話半分に聞いているとこのおじさん独自の視点を持っていてなかなか面白い。
「大仏さまに拝謁するのに持ってこいのラインがある。それが大仏さまを正面に左斜め下のここ。このライン上に立って見てみ。大仏さまの顔が凛々しくイケメンに見えるから」
建設作業員のおじさんもいつの間にか一緒に聞いている。


で、おじさんの言われるままその場所に立って見てみた。
「おおっ」
時間は14時、逆光で眩しすぎて顔が全く見えなかったのだが、そんなことは関係なしとばかりにおじさんは話を続ける。
「このライン上がイケメンに見えるラインや。その周囲のここのゾーンまではイケメンやからイケメンゾーン。それを外れたらダメ。」
だそうである。
これがそのイケメンポイントなのだが、初見の素人にはその所以はわからなかった。


でも結局一番イケメンに見えるのは真正面のポイントだそうだ。
そこに立って真正面から見てみる。
「おおっ」
続いては建設現場の足場のパイプが重なってモザイクになってしまった。
ここまで嚙み合わないのも珍しい。


おじさんの大仏ネタは豊富で他にも「真下に立つと怒っている顔になる」や「霊感がある人が見たらウィンクする」などまあ聞いてもないことをベラベラと教えてくれるのだが、つい最後まで聞いてしまっていた。

そんなこんなで、まあ工事中の貴重な写真も撮れたし、結果的にラッキーと思っておこう。

 

【石川】B級マニア必見のハニベ巌窟院 29仏目

ハニベ巌窟院

石川には興味深い仏像がいくつかあるのだが、そんな石川の仏閣シーンでひときわ異彩を放つのがここハニベ巌窟院である。

加賀観音のお隣の町小松市にそれはある。

小松というと、 建設機械のビックファクトリー「KOMATSU」である。

最寄りはJRの小松駅。ここから7キロ弱あるので徒歩ではやや無理がある。バスもあるが、なにぶん本数が少ないので苦労すると思う。もちろんレンタサイクルもない。やはりレンタカーが無難である。

ということで今回もレンタカー。
しばらく進むと突如、興奮必須の光景が目の前に出現した。

えっこんなとこにと驚くなかれ。
ごく自然に田舎景色に溶け込んでいるのだが、実に奇妙である。

院に到着すると巌窟院のアイキャッチとなる半身の大仏が出迎えてくれる。
半身というよりはほぼ仏頭のみという方が適切であろう。

 

大仏が出てきそうな予感もない田舎で突如この顔が現れるのだからそのインパクトはすごい。高さは15メートルとたいしたことはないのだが、その容姿は惚れ惚れするものがある。

右手には売店があり、入場口に近づくとのそのそと入場料を徴収しにスタッフがやってくる。
お世辞にも愛想がいいとは言えない。
愛想というのはとても大事だ。スタッフの愛想がいいと、輪をかけてその場所への思い出がいいものになるし人に勧めたくもなる。
がその反面、高揚したいい気分をスタッフの愛想ひとつでぶち壊しかねないもろ刃のつるぎとなる。人間的に向き不向きもあるので、表に立つ人選は重要と言っていいだろう。

と、そんなことはまあいいのだ。
話を元に戻そう。

院の名称とあるハニベとは、埴輪を作る人のことで、この院を作り上げた都賀田勇馬という人はその世界では有名だったそうである。

入場するや否や、癖になりそうなテンポを刻む館内のアナウンスで都賀田勇馬氏のことにも触れられるのだが、その時は都賀田勇馬と言われている。そう、ここはひとつの王国なのだという強烈なメッセージと受け取った。

内部には大量のこけしのような像が並べられている。

何体あるか数えてみようと思ったがヤメた。絶対無理。

メインの仏頭大仏の隣にも気になる大仏が。

アメリカンフットボール選手ばりの肩幅。
胸板も肉々しい。

大仏を出ると山道を登り巌窟院へと誘導される。

導きの石碑に刻まれた巌窟院の文字が、山に口2つで初めて見た。

登りきると最初に辿り着くのが阿弥陀洞である。

ここは石切場の跡地だそうで、なかなか重々しい空気が円満している。

設置してあるのは弘法大師や阿弥陀如来など。

阿弥陀洞を出ると、軽い博物館のような建物を通って巌窟院へと導かれる。

で、長らくお待たせ、いよいよここからが巌窟院突入となる。

この薄気味悪い入口が異世界へと誘ってくれる。

洞内はいくつかのテーマに分かれて様々な像が置かれている。

まず最初に出迎えてくれるのはお釈迦さまの物語。

ひとりだと若干薄気味悪さはあるがまだまとも。

インド彫刻コーナーではインドの神々が紹介される。

最初に紹介した通り都賀田勇馬氏のベースは埴輪師であるが守備範囲は実に広い。

さしづめ埴輪界のイチローというところ。

シーマン?

牛頭(ゴズ)が目印、地獄門からはいよいよグロテスクゾーンに突入。

この辺から潮目が変わってくる。もはやお化け屋敷。

鬼の食卓に始まり、人を斬り刻むコックや人をたぶらかした罪など、カロリー高めの重々しい作品が次から次へと現れる。

唐揚げ、春巻き、コロッケ、とんかつと食卓に揚げ物レパートリーが並んでくると、もう胃は受け付けなくなる。この歪んだ空間から一刻も早く出たいとしか思えなくなってくるのだ。

都賀田勇馬というおじさんはこれらの作品をどんな顔して作っていたんだろうか。

地獄門を抜けると、閻魔さんや釈迦如来などの像が並ぶがお腹一杯でほぼ素通りという始末。

巌窟院を抜けると山の頂上へ誘導されるのだが、たいしたことはないので行かなくてもいい気はする。

ちなみに後日行った金沢市内にある金沢神社の境内で都賀田勇馬氏の作品を見た。

こんな神社に置かれるくらいだからよっぽどすごい人だったんだろうと思う。